感想:時雨沢恵一『キノの旅』

キノの旅―The beautiful world (電撃文庫 (0461))
時雨沢 恵一 黒星 紅白
メディアワークス
売り上げランキング: 12499
おすすめ度の平均: 4.5
2 淡々とした物語
2 表紙買い候補
5 世界って素晴らしい。素晴らしいからこそ、醜い???
4 人を選ぶ作品
3 一冊だけ読むのならばいいと思う

 わけあって初めて読む。
 様々な国を旅するキノを通して、計六話の短篇形式で語られる押しつけの善意や無自覚な悪意。

感想

 面白かった。さすがに良くできてる。
 第一話『人の痛みがわかる国』、第二話『多数決の国』は、「人が見あたらず様子のおかしい国で出会った人に、その国がどうしてこの状況になったかという話を聞く」という両者酷似した内容になっている。シンプルな作りのお話によって、「キノの旅」という物語のルールを早めにわかりやすく伝えようという配慮だろう。登場人物達は「みんな馬鹿なの? 死ぬの?」と思ってしまいかねない異常な価値観を持っているが、それが現実に存在する人間像を極端に寓話化した物だと言うことも把握しやすくなる。
 行きすぎた理想の追求によって、逆に生きづらくなっている人間。決まりごとに依存し、本末転倒な結果を手にしてもその決まり事否定できない人間。不幸な目にあいながら、その腹いせに他人も同じ不幸に陥れようとする人間。自分の身内を守るために、弱者を犠牲にする人間――。実際、どこにでもいる人間達だ。『キノの旅』は、そんな人間達の行動がどれだけ滑稽でありながら多くの悲しみを産んでいるが浮き彫りにしてくれる。

 第三話からも大きな枠組みからは外れないが、キノの過去を描いた第五話を除いて、少し変則的な物になる。特に印象的なのは第四話『コロシアム』。戦闘シーンやシズとの話も印象に残ったが、キノにあの国を勧めた人間の正体が最後に語られて不意打ちを食らった。直接殺し合ったりというエピソードがあるにも関わらず、そういった物の方が重く黒くのし掛かる。悪い人と思っていたらいい人だった、というシチュエーションが人の心を揺さぶるのと同じように、その逆や、被害者だと思ったら加害者でもあった、などという設定もやはり大きく心を揺さぶる。第六話『平和な国』のタタタ人でもそうだが、被害者をただ被害者のまま終わらせない、善と悪の単純な二項対立に落とし込まない。ただ悲しみが連鎖しているだけだ。いろんな国を見てきたことでか冷静な視点を身に着けているらしいキノも、むやみやたらと正義感を振りかざしたりはしなし、必要以上のお節介を焼こうとはしない。それぞれの国で見てきた物に対しても多くを語らず悟りきったような態度を取ったりと、実に淡淡とした調の描写で物語は進んでいく。
 第一話はある程度わかりやすく『死なないでね』『ありがとう』の「本当のところは本人にしかわからないやりとり」によって救いがもたらされているが、第三話『レールの上の三人の男』で、老人達に会った結局キノがどうしたのかは描かれない。なるほど、彼らに何かを教えることが彼らにとっていいことなのか、いまいち判断がつかないところだ。第四話『コロシアム』では、最終的に愚かな人々を煽動するようなことをやっている。キノが答を出しているにしろ出していないにしろ、その行動が正しいかどうか、読者それぞれが判断するしかないのだろう。