感想:君のための物語

君のための物語 (電撃文庫 み 13-1)
水鏡 希人
メディアワークス
売り上げランキング: 52455
おすすめ度の平均: 4.5
2 いまいち
5 ゙奇妙にして親愛なる゙青年との物語
5 今、流行りのチョット「ツンデレ」タイプ・・・?
5 すごいです
5 渋い

 暖炉の炎の照り返しを受けて深い陰影を落とした彼の表情はやけに人形めいていた。
「じゃ、君が避ければ昔話を始めようか」
 いいよ、と私は短く応じた。

 ネタバレ多め注意!


ストレートで、シンプルな構成のライトノベル

 最近ライトノベルの世界では、萌えや特殊な設定、極端なギャグを排した作品が、逆説的に「意欲作」と言われたりする。『君のための物語』はそういう意味での「意欲作」ではあるのだろうが、お話自体は特殊な物語ではなく、おそらく読み始めてすぐの第一印象よりも、もっとずっとストレートにライトノベルだ。
 例えばもし、この物語の中心人物であるレーイが男性でなく女性キャラだったとしたら。なんのことはない、このお話はいくつかの人々との出会いや事件を通して、主人公がヒロインの性格の礎になっている特殊な背景事情を知り、受け入れることによって、少し仲良くなるというお話である。

感想

 面白かった。全体的に、完成度が高い。主人公とレーイ(あるいは「彼」)、ちょっと捻くれた性格の二人の関係が、非常に心地いい。互いにツンデレかこいつら。序盤、少し洒落た感じの表現が多くなってるので多少読みにくくなるかな、とも思ったが、殆どはわかりやすい簡潔な表現で書かれている。構成は正直、新人にあるまじき老獪さだと思う。怖いぐらい。

というわけで構成に触れる

 第一章では主人公(作中に名前が出てこない)とその思い人であるセリアがお話の中心にいるが、第二章、第三章はレーイが過去に関わってきた人物達が中心のお話で、主人公はなし崩し的にレーイの助手的な役割を果たすことになる。
 そして第四章から終章までは、レーイと主人公が完全に物語の中心になっている。第五章はその他にもトゥリスという登場人物が現れ出ずっぱりになるが、彼女に関しては復讐者だと言うこと以外については多く語られていない。彼女はレーイが多くの他者に迫害されてきた過去の象徴であり、狂言回しの一人でしかないだろう。そして彼女の襲撃に関して言えば、「雨降って地固まる」の雨でしかない。個人的には絵柄が好きだったので、もうちょっといろいろ絡みがあって欲しかったけど、語りすぎれば蛇足になるし、簡単に仲直りなんてされてしまうとこれまでのレーイの人生はなんだったのか、という話になり流石にしらけてしまうだろう。二章や三章とは形式を変え、完全な決着にせず多くを語らなかったのは、英断だと思う。
 主人公の背景的な物にも触れると、小説家になる夢を諦めかけていた主人公が再び小説を書きはじめるに至る理由もベタといえばベタだが、彼が実力を新聞社からも認められ、最終的には第一章と後半で『君のための物語』がダブルミーニングになっている部分は技巧的だ。主人公がレーイを友と認めた瞬間から、不躾で尊大な態度のレーイが、言葉の端々で主人公に『親愛』の情を示すようになる様は、わかっていてもにやにやさせられてしまう。

創作論としての、パターンを持った短篇

 この『君のための物語』が金賞を取った時の『第14回電撃小説大賞』の大賞受賞作、『ほうかご百物語』がそうであったように、パターンを持った短篇の集まりというのは、読む側に安心感を与える。では長編にそういう魅力はないのか、と言えばそうでもなくて、実際この『君のための物語』の、第二章、三章は、「主人公とレーイが、過去にレーイと関わりのある人物に会い、なんらかの事態を巻き起こす」というパターンを持った構造になっている。第三章なんかは『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造が、客の願望を叶えてから長い時間を経て「ドーン!!!」をしに来る話のようにも見え、実際この流れだったらいくらでも話を作ることができるだろう。
 起承転結的な構造を持った長編でこの手のエピソードが出てくるのは、だいたいは「承」の部分ということになるだろう。この反復的パターンが「転」の部分で壊れるので、読者は「転」の部分に強い印象を持つことになる。
『君のための物語』の「転」にあたる部分は、今まで何も説明してこなかったレーイが主人公に正体を明かし、主人公に過去の未完成の原稿を完成させてくれ、と頼むことからはじまる。もしパターンが反復された短篇としての「承」がなければ、トゥリスが現れるまでの「転」の展開は随分と地味な印象になっていたに違いない。「転」の時に壊すべきモノがなければそれは読者の目に印象的には映らない。それを「承」の中で作る簡単な方法の一つが、反復するパターンの短篇を作る、ということになるだろう。

 というわけで、もし趣味で小説を書いている人が自分の作品を「どうしてもお話全体が浮き足だった印象になる」或いは「盛り上がりに欠ける」と思っているならば、この「承」の部分で反復的な短篇を作るよう意識してみるといいかもしれない。おそらく、真っ直ぐ直線的に書いたつもりの話よりも芯の通った物になるし、常に波乱含みにするつもりで書いた物よりも、盛り上がりのある作品になるだろう。