感想:瀬那和章『under―異界ノスタルジア』

under―異界ノスタルジア (電撃文庫 せ 2-1)
瀬那 和章
メディアワークス
売り上げランキング: 109914
おすすめ度の平均: 3.5
5 久々の当りでした
3 新人作家らしい話
3 冒頭の部分に惹かれて

「あ、嫌だわ。もうこんな時間、お注射しなくっちゃ。どうりでイライラすると思った。とにかく、あそこの連中には気をつけてね。ほら、こんな風に話して明日のニュースとかで死んでるの知ったら、あたしもなんだか夢見悪いし。殺されてもいいけど、絶対に見つからないように捨てられてね」

内容(ネタバレ)

三年前に放火事件を起こし、恋人ともに失踪していた兄からの突然の便りは、とある探偵事務所にいる『反翼の魔女』という人物に手紙を届けて欲しいというものだった。兄に指定された場所――月士那探偵事務所は普通の事件は扱っていないという不思議な事務所だった。専門は『異界』なるものが現実に起こした浸食に関する事件であり、主人公の兄はその世界では有名な人間らしい。兄の所在の手がかりを探したい主人公は、事務所の面々に『異界』の話を説明してもらう。実地見学をさせてやると言う彼らについていった先で、主人公が目にした物は――。

 第一幕から第五幕までの五章と序幕、終幕からなる構成。序幕はホラー仕立てで、第二幕の事件の被害者を描いて導入としている。終幕は文字通りエピローグで、次の巻へ繋げるための展開。
 第一幕は世界観と主要登場人物を紹介するために、月士那探偵事務所が凡庸なケースの事件を解決するお話。第二幕から第四幕は、『悪夢愛好会』という組織による事件とその顛末。第五幕は、『悪夢愛好会』事件の真相と、「鏡の王子」の最後、という構成。

感想

 デビュー作とは思えないほどツッコミどころの少ない程よく刺激のある優等生的ライトノベルで、内容も嫌いでない。が、その過不足のなさこそが逆に弱点かも知れない。驚ける部分が少なかった。もっとドロドロにグロかったりガチガチにハードボイルドとかでも面白かったんじゃないかと思う。
 『異界』描写にツボを弁えたグロさがある。異界や異界使いについての設定も薄っぺらすぎず複雑すぎず、それなりに奥の深い魅力的な物になっていると言える。異界の侵食を受けている世界の一端を主人公が覗きに行く形で、最近ありがちの異能学園ものとは違うものになっている。最近の主流のライトノベル群からは少し外れた独創性がある。
 ただ本編中で「デウス・エクス・マキナ」と自己言及してたように中盤からチートキャラが出てきてお話のバランスが崩れる。チートキャラそのものを否定する気はないけど、中盤過ぎに持ってくるのは引っ張りすぎなんじゃないかと思う。或いは決定的な時は全然助けてくれないかのどっちかにした方が良かったんじゃないかと。また戦闘そのものが順当に力量差の勝負になりすぎている気がする。逃げながら鎌でクラフトグラフを描く、とかの戦法にしてももっと伏線とか欲しかったな、と。あとキングのいかにも悪人然とした設定や絵から小物臭がしてたので、その地点で「あ、もう一山あるな」と思ってしまい、事件が終わってからのもう一展開にはあまり意外性は感じられなかった。設定は良くできているので、見せ方次第でもっとずっと良い方向に化けた気がしないでもない。
 登場人物も世界観に合った範囲内でバラエティを持っていて魅力的なのだが、が少々シナリオに沿ってシステマチックに動きすぎてるかな、とは思う。一貫性が感じられないというか、連続性が怪しい。ダウンと立ち直りが、簡単に切り替わりすぎている。特に『反翼の魔女』と『鏡の王子』戦で余裕と緊迫を忙しく往復していたノインとカイ。これまでも異界相手の商売をしてきたはずの彼女らがあの調子なのはまずいと思う。だからだろうか、プロットに沿って動いてない山田みどりとかが一番魅力的に感じられた。
 嘔吐したり捕まったりと格好悪い部分が目立って見所はちょっとしかなかった主人公。物語の主軸にいるのだからもうちょい強い動機や葛藤を持って積極的にコミットして欲しいと思って見てたけど、『異界使い』になる決心をしたようで次回以降八面六臂の大活躍を見せてくれることを期待します。